「動物病院経営のお悩みQ&A」シリーズでは、MBAを持つ経験豊富な獣医師が、動物病院経営におけるさまざまなお悩みにお答えしていきます。


今回のお悩みは…

今年の4月に新卒の獣医師を採用しましたが、「一身上の都合」で3か月後に退職してしまいました。今後のためにも若手が定着しやすい職場にしたいのですが、どうしたらいいでしょうか?

(回答者プロフィール)

PEACE Lab 代表、獣医師


椿 直哉

2004年に獣医師免許を取得し、北里大学を卒業。企業動物病院の院長や、センター病院の立ち上げ・運営を経験し、17年にMBAを取得した。21年に独立してPEACE Labを設立し、現在に至る。猫専門クリニックや夜間救急病院、訪問診療などさまざまな形態の獣医療サービスを運営している。

若手スタッフが辞めるのは「待遇のせい」?

動物病院の経営コンサルタントとして最もよく聞くお悩みの一つに「20代から30代前半の若い獣医師、動物看護師の離職率が高い」ということがあります。

そして、経営者の方に検討している対策をお聞きすると、働きやすい職場づくりのために「まずは待遇を改善する」「有給日数を増やして、給料をアップする」とお答えになる方が多いです。

その取り組み自体はすばらしいと思います。しかし、私が病院内の様子を拝見したり、従業員の皆さんのお話を聞いたりすると、若いスタッフさんたちが本当に不満を感じているのは、待遇以外の面であることがほとんどです。

また、従業員の方が休みを取りやすくするには、シフトの調整や人員の補充、診察フローの見直しなど、一人あたりの業務量を減らすための具体的な取り組みが必要ですが、それらを検討されている経営者様はあまりいません。制度だけ変更しても、現場は忙しいので従業員の方は休めないですし、日々の業務が円滑に回らなくなる恐れがあります。

給料のアップは、一時的にやる気を引き上げることができます。しかし、1年も経てばその額が当たり前になり、モチベーションアップの効果は薄れてしまいます。

そのため、若手スタッフが定着しやすい職場づくりのためには、いきなり現行の待遇を大幅に変更しようとするよりも、辞める原因を見極めることが重要です。退職する方に聞き取りを行っても、経営者の目の届かない部分に原因がある場合、なかなか正直に話してもらえないもの。マネジメント層が思っているよりも、辞職に至る理由は多岐にわたるのです。

経営者には見えづらい「辞める理由3選」

私は、若手スタッフが辞める理由は大きく分けて3つあると考えています。そして、業務の理解度やライフステージによって、従業員の方にとって切実な課題は変化していきます。ほとんどの方は、年次が上がるにつれて下記の①から②、③へと悩みが変化していきます。

①職場のコミュニケーション

新卒で働き始めたばかりの若手スタッフが安心して働くには、職場に温かく受け入れられている感覚を持てるかどうかがカギになります。「年次が近い同僚がいなくて孤独だ」「先輩の当たりがキツくて質問するのが怖い」など、必要なサポートを受けられていないと感じると、その職場で働き続けるのは難しいでしょう。

②スキルの向上、キャリア形成

基礎的な業務に少しずつ慣れてきたタイミングで、自分ができることがあまり増えていなかったり、任せてもらえることが少なかったりすると、不安を覚える人は多いです。「他院で働く同期と比べてスキルが劣っているのではないか」「このままここで働いていても成長できないのではないか」と思い悩み、職場を変える人もいます。

③待遇

職場にすっかり馴染んで、ある程度仕事もできるようになると、待遇を気にする人が増えてきます。「他院で働いている友人は給料が多そうだ」「他の職場は休みが取りやすそうで羨ましい」などの気持ちが転職を考えるきっかけになります。また結婚や育児を考えている方は「この給料では家族を養っていけそうにない」「この職場では産休・育休が取得しにくそうだ」と感じた場合、転職を検討することになるでしょう。

自分のキャリアを振り返ってみると…

改めて私自身の経歴を振り返ってみても、若い頃に離職を考えたのは上記のような理由からでした。

大学卒業後、28歳で初めて勤務した動物病院を3年目に辞めたのは②スキルの向上、キャリアプランが理由でした。いわゆる「町の動物病院」で、ここで長く働いていても高度な獣医療についての知識や経験は身に付かないのでは、と考えました。

そのため、次は二次診療専門の大型の動物病院に2年間勤めましたが、③待遇が理由で転職しました。よい仲間や師と仰ぐ先輩獣医師に恵まれ、毎日のように新しいことが学べる充実した日々でしたが、3日間家に帰れないほどの激務が当たり前の環境でした。その頃には家庭を持っており、子どもが生まれる直前だったので「この働き方は続けられない」と判断しました。

いまはキャリアを積んで動物病院の経営者として奮闘されている皆さまも、若い頃はさまざまな不安を抱えながら働いていたと思います。「当時の自分は何に悩んでいたか」「どんなサポートが欲しかったのか」「どんなことがモチベーションを上げてくれていたのか」を思い出してみると、若手の離職対策のヒントになるかもしれません。

まとめ

本記事では、私が考える「動物病院の若手スタッフが離職する理由」の概論を述べました。

経営者にとって待遇改善は着手しやすい対策ですが、逆に職場のコミュニケーションやスキルの向上、キャリア形成の問題を認識するのは難しいですし、見えていても介入しにくいことがほとんどです。しかし、多くの若手スタッフが転職を考えるきっかけになります。

そのため、若手スタッフが定着しやすい職場を作るためには、それらの難しい課題をゆっくり解決していく必要があります。次回からは、①~③の離職理由について、私の見解や解決策について詳しくお話ししていきたいと思います。

しかし、この課題に経営者の方が独力で取り組むのは困難です。「若手の退職が多くて自院の運営が苦しい」「若手スタッフの本音が分からない」という方は、PEACE Lab コンサルティング サービスへご相談ください。経営者さまの気持ちに寄り添い、対話を重ねながら、現在の貴院に最適なサポートを提供します。