「動物病院経営のお悩みQ&A」シリーズでは、MBAを持つ経験豊富な獣医師が、動物病院経営におけるさまざまなお悩みにお答えしていきます。


今回のお悩みは…

クリニックを開業して10年が経ちました。ここ数年は少しずつ売り上げが減少し続けており、危機感を覚えています。どうにか改善したいと思いますが、何をしていいのか分かりません

(回答者プロフィール)

PEACE Lab 代表、獣医師


椿 直哉

2004年に獣医師免許を取得し、北里大学を卒業。企業動物病院の院長や、センター病院の立ち上げ・運営を経験し、17年にMBAを取得した。21年に独立してPEACE Labを設立し、現在に至る。猫専門クリニックや夜間救急病院、訪問診療などさまざまな形態の獣医療サービスを運営している。

改善への第一歩は「KPI設定」

今回お伝えしたいのは「業績を向上させるためには【KPI設定】が重要である」ということです。

KPI(「Key Performance Indicator」の略)とは、目標達成の度合いを計測し、現在の取り組みを評価するための指標のこと。KPIを設定して達成状況を定点観測することで現在の経営状況を把握できます。

お悩み文にもある通り「売り上げが下がっていて不安だからどうにかしたい」という目標は、漠然としていて経営方針に落とし込むのが困難です。それよりも「年間の売り上げを前年比で○○万円伸ばしたいから、一か月当たりの初診数を××件増やす」などの具体的な数値目標を立てた方が改善のための取り組みに着手しやすいですし、導入した各種施策の効果も数字で見ることができます

また、KPIは「移動累計」をグラフにして追うのがおすすめです。移動累計とは、ある数値の過去12か月分を合算した数字を1か月ずつスライドさせて並べたものをいいます。

移動累計を算出すると、繁忙期や閑散期などの影響を除外した年間売上や年間達成率を毎月確認できます。最新の状況を常に把握しておくために、ぜひ導入してみてください。

売り上げにつながるKPIその1:初診数

ここでの「初診数」とは症状ごとの初診回数ではなく、その動物病院を初めて利用した飼い主さまの人数をカウントするものです。

当然ながら動物は年を重ねれば亡くなるので、初診数が少なくなれば売り上げも徐々に減っていきます。年々売り上げが落ちている動物病院では、初診数が減少傾向にあることが多いです。

また、これまで多数の動物病院の経営に関わってきた経験上、私は「初診1件あたり年間約5万円の売り上げにつながる」と考えています。つまり、初診数が分かれば売り上げもおおよそ予測できるのです。

初診数と同じく、新規来院者数の増減をモニタリングするための指標として重要なのが「避妊去勢手術の実施件数」です。避妊去勢手術は仔犬・仔猫が経験する初めての大手術で、飼い主さまにとっても一大事。病院側が手術を無事に完了して十分なアフターフォローを提供できれば、飼い主さまにかかりつけ動物病院と認識していただける可能性が高いです。逆に、それまでの診察で少しでも不信感を抱いた場合、避妊去勢手術のタイミングで別の動物病院に移る飼い主さまも多くいらっしゃいます。

避妊去勢手術の件数が少ないと、ワンちゃん・ネコちゃんが幼い頃から長い間かかりつけにしてくださる飼い主さまが減り、じわじわと売り上げに響いてきます。「簡単な手術だから」と後回しにせず、積極的に受けるようにしてみてください。

売り上げにつながるKPIその2:手術件数

手術は単価が高いので、その件数の増減は売り上げに直結します。

貴院が一次診療を主とした動物病院である場合、少し難度の高い手術が必要になったときに「上手くいかなかったときのリスクが大きすぎるからやめておこう」「忙しいから二次診療病院で対応してもらおう」と他院を紹介していないでしょうか。売り上げを伸ばすためには、できれば自院で対応できる手術の幅を広げて、手術件数を増やしていきたいものです。

そのためには「勤務医もしくは院長自ら外部機関で研修を受けて、その知識を同僚の獣医師に伝える」「懇意にしている他院の獣医師を招いて手術をしてもらい、それを手伝わせてもらう」などの方法で、各種手術に関する知識と技術を向上させる必要があります。自分たちで対応するのが難しい手術については、フリーランスの外科専門獣医師に請け負ってもらうのもよいでしょう。

また「技術的には可能な手術でも、時間に余裕がなくて二次診療に回すことが多い」という場合は、院内のオペレーションを改善することでより多くの手術を行えるようになる可能性があります。

売り上げにつながるKPIその3:外来件数

1か月あたりの「外来件数」は確認している方が多いかもしれません。初診については02.で触れましたが、再診を増やすためには何をすべきでしょうか。

それは、診察の終わり際に、次回の診察に来てほしい旨を飼い主さまにきちんと伝えることです。再診のタイミングで当初の病気や怪我が完治していなければ治療を続けるのはもちろんですが、治っていたとしても新たな不調が生じているかもしれません。

また、特に不調がない場合でも、食事や運動、問題行動などの悩みをお聞きして解決策を提案することもできるでしょう。狂犬病ワクチンやフィラリア予防、健康診断などの予防医療のお話ができる可能性もあります。

さまざまな症状や悩み事について対話していけば、獣医師はワンちゃん・ネコちゃんの性格や飼い主さまのライフスタイルに合った治療を提案できるようになります。飼い主さまのためにも、毎回の診察の終わりには次回の予約を促すのがよいと思います。

売り上げにつながるKPIその4:検査数

貴院では、一週間に何度もあるようなありふれた症状を診た場合、検査をせずに処置や処方をしていないでしょうか?

検査をしないことの悪影響は、単価の減少だけではありません。飼い主さまにとって、愛犬・愛猫の病気や怪我はどんなに軽度でも初めて見るものがほとんどです。大切なワンちゃん・ネコちゃんがつらい思いをしているのでは、と心配して来院されているのに、チラッと診ただけで検査をせず「この症状は大体○○ですから」とだけ説明されて、処置や処方に進んだら…。

その時点では正しい治療を行っていたとしても「この先生、ちゃんと診察してくれているのかな?」「重大な病気や怪我が隠れていても見つけてもらえないのでは?」と不審に思われる飼い主さまもいらっしゃるかもしれません。それが理由で、離院につながるケースも少なくないのです。

もし検査を積極的にしない理由が「診察時間が押して、次の飼い主さんを待たせてしまっているから」なのであれば、予約の管理方法を変えたり、よりスムーズに検査できるようにオペレーションを変える必要があるかもしれません。

※予約制の導入についてはこちらの記事でも詳しく解説しています。動物病院経営のお悩みQ&A「動物病院の人手が足りない!改善の方法4選(前編)」

まとめ:いまできることを一つずつ

「売り上げが下がっていて不安だ」という動物病院の経営者さまにその理由をどう考えるかお聞きすると、「景気が悪いから」「ペットの飼育頭数が減っているから」とおっしゃる方が多いです。それらは事実ではあるのですが、私たち個人ではどうすることもできない問題といえます。

逆に言えば、今回挙げた4つのKPIは自力で定点観測できて、変化をもたらすための行動も可能です。「なぜ今月は目標達成できなかったのか」「この数値を改善するには何をするべきか」と具体的に考えて行動すれば、売り上げは必ず伸びていくと思います。

とはいえ、目標の立て方や効果的な改善手法は、個々の動物病院の状況によって大きく異なります。「うちでは各数値がどのくらいになるのが理想的なの?」「改善のための行動をしているけれどなかなか成果が出ない…」とお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんなときは、PEACE Lab コンサルティング サービスへご相談ください。経営者さまの気持ちに寄り添い、対話を重ねながら、現在の貴院に最適なサポートを提供します。