「動物病院経営のお悩みQ&A」シリーズでは、MBAを持つ経験豊富な獣医師が、動物病院経営におけるさまざまなお悩みにお答えしていきます。


今回のお悩みは…

クリニックを開業して8年目になりました。これまで順調に経営拡大を進めてきましたが、常に人手不足に悩まされています。振り返ってみると、スタッフの定着率もあまりよくありません働きやすい職場へと改善し、自分ももう少し休みを取りたいのですが、どこから手を付けていいのか分からず、困っています

(回答者プロフィール)

PEACE Lab 代表、獣医師


椿 直哉

2004年に獣医師免許を取得し、北里大学を卒業。企業動物病院の院長や、センター病院の立ち上げ・運営を経験し、17年にMBAを取得した。21年に独立してPEACE Labを設立し、現在に至る。猫専門クリニックや夜間救急病院、訪問診療などさまざまな形態の獣医療サービスを運営している。

人手不足の原因と対策その1:オペレーション

❶ボトルネックを洗い出す

上の図は、診療の流れを表したものです。これらの8つの要素の中で、貴院で滞りがちになっているのはどこか、洗い出してみましょう。飼い主さまの目線で待ち時間が長いポイントを把握するのはもちろん、スタッフにとって煩雑な手続きや、担当者によって処理速度が違う仕事を発見することも大切です。

以下に、ポイント別のボトルネック解消法をいくつか挙げてみます。

①受付

●スタッフが不在にしがちで、受付に列ができている
→自動受付機を導入し、人がいなくても受付が完了できるようにする

②&④診察・インフォームドコンセント

●問診や説明が親切すぎて、時間が長引いてしまうことが多い
→「飼い主さま一人あたりの診察時間は約○○分」とルール化する

③検査

●検査室や廊下が狭く、通りたいスタッフが渋滞してしまう
→ペットをお預かりして病院のお昼休みに検査を行い、夕方にお返しする「検査預かり」を導入する

⑤手術

●スタッフ同士の雑談が盛り上がり、昼休憩が長引いて手術が始まらない
→手術を必ず開始する時間を決める

⑥入院

●入院している動物の容体が急変しているのに気付けず、飼い主さまにご迷惑をおかけした
→担当獣医師の不在時でも適切な入院管理ができるよう、入院計画を事前に作成し、想定されるリスクを院内で共有する

⑦処方

●薬を出すのが遅くて、飼い主さまがなかなか会計に進めない
→定期的に同じ薬を処方している方の来院時には、あらかじめ薬を用意しておく
→処方した薬の郵送サービスを導入する

⑧会計

●受付が混み合っていて、会計に呼ばれるまでの時間が長い
→半自動会計機を導入する
→料金をクレジットカードから自動引き落としできるサービスを利用する


❷予約制の導入を検討

さまざまなオペレーション上の問題を解消する対策の中でも、効果が出やすいものの一つが「予約制の導入」です。

動物病院の受付は大きく分けて2種類で、早く来た人から受付番号をもらって順番に診察を受ける「先着制」と、30分など決められた時間ごとに設けた枠をオンラインや電話で予約して来院する「予約制」があります。

コロナ禍の影響で予約制を採用している動物病院も増えてきましたが、先着制のままにしている動物病院も少なくありません。

予約制には、オペレーション上のメリットがたくさんあります

第一に、利用者が分散されることです。始めたばかりの頃は「希望する時間の予約が取れない!」などのクレームが入るかもしれません。しかし、予約枠が取りにくいと分かれば、別の日に時間を作って来院してくださる飼い主さまもたくさんいらっしゃいます。例えば、土日に混雑しがちな動物病院で予約制を導入したら、来院者数が平日に分散される可能性が高いです。

第二に、待ち時間が減ることで、動物や飼い主さまのストレスが軽減されます。動物にとって、知らない人や動物がいる環境でじっとしながら長い時間を過ごすことはかなり負担になります。また、具合が悪い愛犬・愛猫を抱えて待っている飼い主さまのストレスも相当なものでしょう。予約制ならこのようなストレスにさらされることがないので、かかりつけ医として選んでくださる飼い主さまも増える可能性があります。

第三に、混雑状況を事前に把握できるようになることで、シフトが組みやすくなります。予約制を導入すると、いつ・どのような病状の動物が・何頭来院するのか、おおよそ事前に把握することができるので、スタッフ不足による回転の悪さや、逆に人が多すぎて暇を持て余してしまう事態を防ぐことができます。予約の傾向が掴めてくれば、来院が多い曜日はスタッフを多く配置して、それ以外の日は少なくするなど、年間を通じた効率化を図ることができるでしょう。

「予約制を導入しても、予想外のアクシデントが起きたり、急患が来たりして、予約時間を守れないのでは?」と懸念される方がいらっしゃいます。その際は、再び現状のボトルネックを洗い出す必要があるでしょう。また、「症状に応じて予約枠の時間の長さを変える」「急患の受け方を再考する」などの対策も考えられます。

また、予約制の導入によって売り上げが減ることを心配する経営者の方もいらっしゃいます。しかし、上記の方法でオペレーションの効率化を進めれば、売り上げが減っても利益が増加したり、働きやすさが改善する場合も少なくありません。よって、予約制の導入は、多くの動物病院におすすめできます。

人手不足の原因と対策その2:売り上げ施策

❶どの時期に受診が集中しているか?

「売り上げを維持するために長時間の診療をしなくてはならないので、人手が足りない」という場合は、より効率的に売り上げを立てることで人手不足が解消されるかもしれません。

売り上げは、客数×客単価によって決定します。つまり、売り上げを増やすには、営業時間内で診療できる「客数」を増やすか、1人の飼い主さまが1回の来院で使用する金額である「客単価」を上げるしかありません。

まずは、客数を増やす方法について。まずは、混雑時期の受診者を他の時期にならすのが効果的です。貴院が混雑しがちなのはいつ頃でしょうか?例えば、春先は多くの動物病院で狂犬病や混合ワクチンの接種、ノミ・マダニ・フィラリア対策などの予防医療の希望者が増加しますよね。この時期の混雑を緩和するために、飼い主さまに「夏~冬の時期にずらして予防医療を受けると、混雑を避けられて便利です」とお知らせしてみてはいかがでしょうか。ポスターを作って院内に掲示したり、DMを送ったりしてもいいかもしれません。

また「午前中が忙しく、午後は暇になりがち」という動物病院も多く見られます。その場合、診療開始~終了までの時間を1~2時間早くずらすことで、スタッフの労働時間の長さを変えないまま、より多くの患者さまを受け入れられる可能性があります。


混んでいる理由が“安さ”であれば…

次に、客単価を上げる方法について。単刀直入にいってしまえば、飼い主さまから頂く金額を上げれば、客単価は上がります。あなたの動物病院で提供されているサービスは、その上質さや費やしている時間の割に、料金が安すぎるのではないでしょうか?

「料金を全体的に上げるのは忍びない」という場合、診察料や検査費などの「人の手間がかかっている仕事」の料金のみ上げて、フードやおもちゃなどの物販は据え置きにする、などの方法もあります。

「売上=客数×客単価」の方程式は、どんなビジネスでも変わらないものです。どちらを上げて、どちらを下げるのか…。そのバランスを決めるのは非常に難しく、経営者にとって永遠の課題といえます。

ただ、自分やスタッフの心身を削って運営している動物病院は長続きしません。飼い主さまや動物たちを大切に思うあまり、自分やスタッフが苦しい状況に置かれていないかどうか、一度考えてみませんか?

まとめ

本記事では、動物病院の人手不足の原因や、その解決法について「オペレーション」と「売り上げ施策」の2つの観点からお答えしました。後編(2024年1月上旬更新予定)ではさらに「人事戦略」と「事業戦略」で注意すべきポイントを解説しますので、併せて読んでいただくと問題解決のヒントが得られるはずです。

しかし、「自分の病院のボトルネックを探してみたが、忙しすぎてしっかりとした分析ができなかった」「診察料を上げようと思ったけど、飼い主さまの理解を得られないかもしれないと思うと不安だ」という方もいらっしゃると思います。

そんなときは、PEACE Lab コンサルティング サービスへご相談ください。経営者さまの気持ちに寄り添い、対話を重ねながら、現在の貴院に最適なサポートを提供します。