「動物病院経営のお悩みQ&A」シリーズでは、MBAを持つ経験豊富な獣医師が、動物病院経営におけるさまざまなお悩みにお答えしていきます。


今回のお悩みは…

獣医師4人、動物看護師7人の動物病院経営者です。クリニックを開業して6年が経ち、かかりつけにしていただいている飼い主さまも増えてきました。飼い主さまの要望もあり、夜間診療も始めようかと考えています。しかし「労力に見合うメリットがあるのだろうか」「開業後に思わぬ落とし穴が見つからないだろうか」と悩み続けており、なかなか始められません。

(回答者プロフィール)

PEACE Lab 代表、獣医師


椿 直哉

2004年に獣医師免許を取得し、北里大学を卒業。企業動物病院の院長や、センター病院の立ち上げ・運営を経験し、17年にMBAを取得した。21年に独立してPEACE Labを設立し、現在に至る。猫専門クリニックや夜間救急病院、訪問診療などさまざまな形態の獣医療サービスを運営している。

夜間病院を開設する経営上のメリットは?

A.主なメリットは「他院との競争力向上」「日中の新患獲得」「売上アップ」です。

❶他院との競争力向上

昼間に診察している子の容体が夜中に急変したとき、夜間診療を行っている動物病院であれば引き続き治療をすることができます。健康上の不安がある子の飼い主さまにとっては、新たに夜間救急病院を探して、初対面の獣医師に治療の経過や投薬の履歴などを説明するよりも確実かつ便利です。つまり、夜間診療を行っていることが他院との差別化につながり、かかりつけ医として選んでもらいやすくなる可能性があります。


日中の新患獲得

動物を飼い始めて日が浅かったり、その地域に引っ越してきたばかりだったりして、かかりつけの動物病院を持たない飼い主さまもいらっしゃいます。そんな状況で動物が夜中に体調を崩したら、ネット検索で見つけた近隣の夜間診療を受診しますよね。そのときの対応を気に入っていただければ、日中の病院の新患になっていただけるかもしれません。


売上アップ

夜間診療を導入した動物病院には、夜間にもスタッフが配置されることになります。すると、日中に入院した動物たちを管理・ケアできる時間が延びることから、今までよりも手厚いケアができることとなります。

このことは、入院している動物の飼い主さまにもメリットがあります。ペットの容体が急変した際にも24時間獣医師・動物看護師が対応してくれるので、入院先として選ばれやすくなるでしょう。結果として、「日中に受け入れる入院患者の増加」を見込むことができます。


夜間診療を開業するメリットは多岐にわたりますが、小規模クリニックは②を主目的とするのがおすすめです。日中診療と夜間診療のシナジーが生まれやすい上に、スタッフへの負荷を最小限に抑えられるため、経営が安定しやすくなります。

メリットが明確になったところで、夜間診療のデメリットや課題についても知っておきましょう。

夜間開業のデメリットや、生じやすい課題は?

A.「人材不足」「コストの上昇」「オペレーションの再構築」などが挙げられます。

❶人材不足

夜間診療を始めるにあたって最初にぶつかる壁が、診療時間が延びることによる「人手不足」です。まずは、今いるスタッフで週何日の夜間診療ができそうか、試算してみましょう。シフトの制度を「早番・遅番・夜番」の3交代制に変更すると、融通が利きやすくなるかもしれません。

「では夜勤専任のスタッフを雇用すればよいのでは」と考える方は多いですが、その方針は経営の足かせになりかねません。日中と夜間で別の獣医師・動物看護師が診療にあたる場合、『いつもの先生が診てくれるから安心』という飼い主さまのメリットがなくなってしまうからです。

昼と夜のスタッフを分けることによるデメリットは他にもいくつかあります。例えば、昼と夜のスタッフが交流しないと、時間帯ごとに治療の基本的な方針が異なってしまうことがあります。すると、スタッフ同士で「夜間の先生は何を考えているのか分からない」「昼間に行われている処置はベストではない」と意見がすれ違い、内部対立を引き起こしてしまうかもしれません。

また、新卒獣医師や若手スタッフが夜勤のみを続けていると、予防診療など日中にしか実施しない診療の技術を習得することができません。さらに、切迫した症例に対応することが多い夜間診療では、飼い主さまと何気ない会話をすることが少なく、コミュニケーションスキルが成長しにくくなってしまいます。


コストの上昇

夜間診療を開始すると、人件費だけでも「新しい人材の採用にかかる費用」「夜間の割り増し手当を含む人件費」などが新たに発生します。さらに、夜間スタッフの帰宅方法(タクシーや自家用車を含む)も確保しなくてはならないでしょう。

また、夜間診療は救急診療として利用されることも多いため、GoogleなどWeb広告で集客するのが効果的ですが、広告出稿には月に数万円の費用がかかります。


オペレーション

夜間診療は対応する件数が限られるので、獣医師と動物看護師の2人、もしくは獣医師1人だけで診療する場合が多いです。そのため「電話での予約受付」から「診察」「検査」「処置」「会計」まで、1人で行えるオペレーションを構築する必要があります。

担当するスタッフの負担を少しでも減らすために、「夜は現金を扱わない」「レジ締めは翌日の昼に行う」などの工夫も考えらえます。

また、夜間の人件費等を考慮して、昼と夜では別の料金設定をしているクリニックも少なくありません。その場合、新たな診療料金体系を設定する必要があります。

まとめ

本記事では、動物病院の夜間診療を開始することで得られるメリットとデメリット、開始後に直面する課題についてお答えしました。

改めて見てみると、夜間診療のメリットはたくさんあります。うまく軌道に乗せることができれば、日中診療のみを行っていた時よりも多くの飼い主様に選ばれるクリニックに成長していけるはずです。

一方で、デメリットや課題も少なくありません。今回の記事を読んで、ご自身が経営するクリニックの方針には合わないと感じた経営者さまもいるでしょう。また、「課題は洗い出せたけれど、解決法が分からない」「採用活動がどうしてもうまくいかない」とお悩みの方もいらっしゃるかもしれません。

そんなときは、PEACE Lab コンサルティング サービスへご相談ください。経営者さまの気持ちに寄り添い、対話を重ねながら、現在の貴院に最適なサポートを提供します。